みんなの居場所「marugo-to(まるごーと)」では、障がい者、健常者の垣根が見えません。
「ちょっと心がいたんじゃった」人も、自然の中ではあまり緊張せずに過ごせるようです。
この楽しい場所を次世代につなげていくために、代表の岩崎さんがいま考えていることは何なのでしょうか。

動き続けることがストレス解消法

「まるごーと」には、引きこもりの方も来ているんですよね。

岩崎そうです。「まるごと」なので、誰でもOK。ちょっと心がいたんじゃった人も来ていらっしゃいます。

そういう方に対する接し方はどうなんでしょう。「傷つけないように」と構えなくても大丈夫ですか。

岩崎「まるごーと」を始める前に、一度コアメンバーで勉強会をしました。生きづらさを抱えている方への接し方、認知症の方への接し方について。

コアメンバーというのはどういう方たちですか。

岩崎男性シニアと私が中心です。若い人は仕事の関係で、来られるときに来てもらう感じになりますね。

私も弁護士として、いろいろ重い相談を受けてきました。相談を一人受けたらリセットしようと心がけていても、何人も続くとどうしても自分自身の気持ちが重くなってきてしまう。それで、つい家で子どもに当たっては「なんか今日ガミガミしてない?」と指摘されたりして。そういうことはありませんか。

岩崎いや、ありますよ。でも、私、たぶんマグロなんですよね。

マグロ?

岩崎動いていないと死んでしまうというタイプなんですよ。

あ、私もです(笑)。じゃ、動いていること自体がストレス解消法?

岩崎そうですね。あとは、近くの上堰潟公園で走ったりウォーキングしたり。夜な夜なダンベル持ってトレーニングしたり。息子が持ってる10キロのを1つ借りて。

ダンベル、私もやってます。まだ2キロですけど。

岩崎それと、もうひとつのストレス発散は、大好きなお酒ですね(笑)。

岩崎さんのご自宅でお話を聴く。

生きづらい人も自然体でいられる

岩崎さんが考える、「まるごーと」のいいところは何でしょうか。

岩崎多世代が交流できること、かな。
たとえば、認知症のNさんは、もともと福祉の仕事をしていた人で、他の人に積極的に声をかけてくださるんです。すると生きづらさを抱えた人も、安心していろいろな話をしてくれる。それが世の中に出る訓練になるかもしれない。そういう関わりに、居心地のよさがあるのかな。

ふむ。

岩崎ここでは飾らなくていい。おしゃれしなくてもいいし、普通にいられる。
「ガラッとドアが開いて、皆がそっちを見る」ことがない。ビニールハウスと畑だから。それもいいんだと思います。
生きづらさを抱えた人にとっては、建物の中で「ドアを開ける、皆に見られる」ということ自体、緊張するし、つらいものだそうです。それだけで、その場所に行けなくなってしまうこともあります。

なるほど。居場所づくりの試みはいろいろありますが、「さあ、抱えている悩みをここで話してもいいですよ」と言われても、なかなか難しい。
何もしゃべらないで雑草を取っているだけでいい。そういう場所はらくちんで、居心地がいい気がします。

岩崎同世代は苦手だけど年配の人と一緒にいるのは好き、という若い人もいました。若い人たちの間で生きづらい思いをして、それからだんだん引きこもってしまった。だけどここは若い人がいないからいい、って。
うちのいいところは、根掘り葉掘り聞かないこと。「あんたどこから来たの」「なんでここにいるの」とか、そういうのがないから。

農作業をしている時は肩書も年齢も関係ない。

農作業の時は誰が誰だかわからない

去年私が伺った時、大学の先生も視察に来てたじゃないですか。だけど農作業していると、どの人が障がい者でどの人が大学の先生なのか、わからない。そういうのがいいですよね。
あと、ピザが楽しそうでしたよね。地域のお子さんたちも来て、ピザを窯で焼く。

岩崎それも社協の「男性シニア講座」でピザ窯づくりがあったので、その成果をここで発揮してもらったんです。おととしは、まち歩きの人たちが40人以上立ち寄ってくれて、ピザ食べてもらいましたよ。

まち歩き?

岩崎北国街道を歩く、まち歩きガイドの会というのがあるんです。ついでだから「まるごーと」行ってピザでも食べようって。

おお、立ち寄りスポットになっている。

岩崎ピザ生地はスーパーで買った安価なものだけど、窯で焼くとほんとにおいしい。畑でとれたネギを切って、盛って、ネギピザにしたり。

おしゃれです。

岩崎 焼き芋、銀杏。あと柿もぎのお手伝いに行って、もらった柿を干し柿にしたり。

わあ、楽しそう。でもやっぱりしばらくは感染症のことがあって、ピザパーティーみたいな活動は難しいんですね。

岩崎はい…。コロナ禍で、「まるごーと」は3カ月お休みをいただきました。三密にはならないかもしれないんですけどね。外だし、広いし。だけどやっぱり世の中の情勢を考えると。
おととしは餅つき大会もしたんですよ。近所の方、子どもたちも来てくれて、スタッフ入れると90人くらいかな。楽しかった。

ブロックを積んで作った窯でピザを焼く。とれたての野菜をトッピング。

つなげていくという課題

今後こうしていきたい、ということはありますか。

岩崎今年4年目に入るわけですが、そろそろNPO法人のような、しっかりした組織にしたいと思っています。
いまはボランティア団体だけど、継続することが大事だと思うので。資金面などを安定させて、生き残っていきたい。楽しみながらですけどね。

岩崎さんのこの明るさがあるから、「まるごーと」はとてもいい感じの居場所になっています。でも一方で、岩崎さんがリタイアされるときはどうするんだろう、とも思うのですが。

岩崎そこは永遠の課題ではあるんですけれども。

ああ、やっぱり。

岩崎だからこそ何かの形を作るのがいいのかな、と。
いろんな人たちが関わることによって、たとえば私が引退しても、この場所が継承される。

私は長い間DV被害者の支援などをしていた弁護士ですが、東京でDVのシェルターをやっていたのは、ボランティア精神豊富で問題意識を持った、素晴らしい人たちでした。でも、その素晴らしい人たちが高齢化すると、シェルターが終わっていってしまうんです。そこをどうするかが課題だな、とずっと思ってきました。

岩崎ほんとにそう。だから、いろんな世代の人が入ってくることが大事かな。

岩崎さんが政治に対して望むことはありますか。

岩崎国のやっていることというのは先端じゃないですよね。2、3歩遅れているところがある。だから、もっとスピード感を持って対応してくだされば。
あと、もっと当事者の話を聴いてほしい。こういう居場所を作っている人たちが、政治家のいるところでお話ができる機会、発信できる場所があればいいなと思います。いま、認知症当事者の方々が声をあげ始めていますが、一法人の話だけ聴くのではなく、もっと底辺にいる人たちが声を出せる環境がほしいです。

いま厚労省の職員は、感染症対策で、それこそ死にそうな過労状態です。むしろ私のような厚生労働委員会に所属する議員が、伝えていかなければなりませんね。

岩崎もっと現場レベルの話をしたい。そういう話を引き上げてくれる場所があったらいいな、と思います。私たち国民が、国会議員とか上の方に望むことっていうのは、そういうことかな。

いやいや、上ではないです。がってん、働きます。

(おわります)

〔2021年1月〕

岩崎さんと打越。「まるごーと」のチラシを持って。

インタビューを終えて■打越さく良

初めて「marugo-to」に参加したとき、「本当にここは楽しい」とにこにこしながら大根すぐりを教えてくださった「先生」が要介護2とは驚いた。自分で選んだ仕事があるって楽しいものなのだなあとしみじみ思う。
岩崎さんは、一方的に自分を「教える」「支える」側だとは思ってない。そんな岩崎さんだから、ケアマネとして相談を受けていた方から、「こんどは僕があんたの悩みを聴いてあげる」と言われ、本当に大事なことをシンプルに教えていただけるのだろう。
「さあ悩みを聞いてあげます」という場所では、かえって臆してしまう人もいる。
根堀り葉堀り事情を聴かれずにただ一緒に農作業。居心地がいいだろうなあ。
感染症禍でお休みの、釜で焼くネギピザのパーティ、待ち遠しい。私も楽しみにしている。

岩崎典子さん。ご自宅にて。

岩崎典子(いわさき・のりこ)
1965(昭和40)年、新潟県燕市生まれ。中学校では体操部、高校ではラグビー部マネージャー。
会社員を経て結婚、一男一女の母となる。
1998(平成10)年に介護の仕事を始め、現在はケアマネージャーとして活動。2018(平成30)年、ビニールハウスと畑の多機能型拠点「marugo-to(まるごーと)」を立ち上げる。
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