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第1回

vol.1_貧困家庭に食べものと希望を届ける,打越、聴きにいく土田雅穂さん_「フードバンクしばた」事務局長vol.1_貧困家庭に食べものと希望を届ける,打越、聴きにいく

日本の子どもの7人に1人は貧困状態
そんな報道を目にしても、実感がわかない人は多いかもしれません。
「貧しそうな人なんて、周りにいないよ」と。

「見えないだけです。貧困に苦しむ人は大勢いる。そして、どんどん増えています」
新潟県新発田市にある「フードバンクしばた」事務局長の土田雅穂さんは言います。

フードバンクは1967年、アメリカで始まりました。
まだ食べられるのに市場に流通できない食品を企業などに寄付してもらい、生活困窮者に無償で配る活動です。
日本では2000年代から広まってきました。

土田さんが「フードバンクしばた」を立ち上げたのは2016年。
貧困世帯(その多くは母子家庭)に直接、食べものを手渡しし、「何か困っていることはありますか」と声をかけ続けています。

2020年夏にはドキュメンタリー番組が全国放映され、反響を呼びました。

寄付にささえられて広がる事業

いま「フードバンクしばた」はどういう活動をしているんですか。

土田4つの活動が柱です。
まず、フードバンク事業。貧困世帯に、支援者からいただいた食品、生活用品を届けます。
二つめは就学支援。ランドセル、学用品、ユニフォームなど、新品を買って、必要な方に差し上げます。制服のリサイクルもしています。
そして「子ども支援プロジェクト」では、教育委員会と連携して、子どものいる貧困家庭に毎月お米10キロを届けています。
「ママの休憩室(虹)」も始めました。お母さんたち、本当に大変でしょう。この部屋でくつろいで、お茶飲んで、いろいろ相談もできます。ボランティアさんの提案で始めました。

多岐にわたる活動ですが、資金面はどうしているのですか。

土田ほとんど寄付です。ありがたいことに、大勢の方が寄付してくださる。
あのね、ひどい世の中だ、悪い人間が多いと思うでしょ? それもそうなんだけど、素晴らしい方もいるんですよ。それほど裕福でもないのに、何十万も寄付してくださる方がいたり。

何十万も寄付してくださる方を、どうやって見つけるんですか。

土田こちらでお願いしたことは一度もないです。
それでも、いろいろな方が寄付してくださいます。2千円、1万円と、それぞれの範囲で。

それは新発田市内の方ですか。

土田ほとんどそうですね。心の温かいところだなと思います。
ただテレビが全国放送されたので、全国からも集まります。
動いていれば人は来てくれる。

土田さんはもともと市役所にお勤めだったんですね。

土田教育委員会を最後に退職しまして、それから5年ほど地域総合型スポーツクラブで仕事をしました。65歳でやめるつもりだったので、その1年ぐらい前に「さてなにやろうかな」と考え始めました。
もともと就学支援の組織は、立ち上げるつもりだったんです。
お金がないとスポーツもできないんです。ユニフォームも用具も買えない。母子家庭のお母さんは、部活をやらないでくれと子供に言わざるを得ない。そんな話を聞いていたものですから。
教育委員会時代に、就学支援の必要な家庭が多いことは痛感していましたし。

はじめは就学支援だったんですね。

土田そう考えていたところへ、家内が「フードバンク山梨」が乗っている雑誌を見せてくれたんですね。
見て、その瞬間決めました。「あ、これやろう」と。リスクゼロですから。
なぜかというと、私はそれまでにも、いろんなものに取り組んできたので。

それは市役所でですか。

土田役所に勤務しながら、いろんな団体を作ってきたんです。
だから、ちゃんとしたものさえ作ればお金は集まるだろうし、リスクはないと思ってました。300万、400万はすぐ集まるだろうと。
市役所時代に、皆さんから相当お金を集めてたんです。

市役所でお金を集めるというと……。

土田お祭りだ、赤い羽根だと、しょっちゅうやってますよ。スポーツクラブ立ち上げの時も百名以上の方から寄付をいただきました。税外負担というのはかなり多いです。

それで、市役所勤務の時につながっていた方々に連絡したんですか。

土田してません。

じゃ、それまでのつきあいとは違うところで。

土田ガラッと変わりました。それがなんと素晴らしいか!(笑) 出会いは宝ですよ。

どうやって出会っていくんですか。そこが聞きたいです。

土田自然に来ます。こういう活動をやってれば、黙ってても皆さんが「感動した」と言って来てくれる。

テレビの反響もありましたか。

土田あると思います。

絵具セット、習字セット、鍵盤ハモニカ…「フードバンクしばた」の広い部屋にはカラフルな就学支援品がずらり。

メディアに出るのは知ってもらうため

土田公務員時代には、テレビに出るのはみっともないと思っていました。
しかし、出ないと、広まらない。

うんうん。

土田私は代表じゃなくて、副代表です。代表は別の人なのに、彼をさしおいて私ばっかり出てるわけですよ。「私が作った」って。本当なんですけど。
当然、「なんであいつばっかり出てるの」って、皆さん思いますよね。でも代表は「いや、気にするな。積極的に出ろ」と言う。

代表はどういう方なんですか。

土田新発田ガスの社長で、商工会議所の会頭です。お願いして代表になってもらいました。経済界の信用がありますから。
なんで私が積極的にメディアに出るかというと、まずフードバンクを知ってもらいたいから。
フードバンクは皆こうやっていると思うでしょ? ところが、めったにやってないんです、こんなことは。

こんなことって、生鮮食品を扱うことですか。

土田いや、「直接行って個人に届ける」こと。それは、ほとんどない。
フードバンクはいま全国百いくつありますが、送り先はだいたい団体ですよ。児童養護施設、シェルター、母子家庭支援センターといったところですね。
うちみたいに、自ら直接持っていくところは、めずらしいんです。

刺激されて、「やろうかな」というところが増えてほしいわけですね。

土田全国に発信して、「こんなふうに、直接必要な家庭に届けたらどうですか」と伝えたい。そうすることで救われる人がいっぱい出てくるんですよ。

真似するところは出てきましたか。

土田二、三、出てきましたね。コロナウイルスが落ち着いたらぜひ来たいと、全国から連絡してきました。
新潟では、個別に届けるところが増えてきて、がんばっています。

この活動を全国に広げたいと語る土田さん。さまざまな場所で講演も行っている。

教育委員会と連携する

団体に送るところがほとんどだというのは、どうしてでしょう。支援の必要な人たちに直接つながりをもつのは、何が大変なんでしょうか。

土田生活に困っている人たちは、来ないです。
立ち上げた時、本当にがんばって宣伝したんです。ポスターも何枚も作った。
でも、支援の申し込みがぜんぜん来なかった。
新発田市の社会福祉課に支援してほしい母子家庭は、年間5件から10件くらいです。そうした社会福祉課からの依頼を別にすると、直接かかってきた電話は年に5件あるかないか。需要はいっぱいあるはずなのに。

年間で5件。

土田最初はわからなかった。どうしてだめなのか。
それで、教育長のところに行って相談したんです。そしたら、5分で決めてくれました。
就学援助を受けている小中学生は、新発田に1000人以上。その家庭に教育委員会が定期的に配布しているお知らせに、「フードバンクしばた」の案内を同封することになったんです。
すると、150世帯から「子ども支援プロジェクト」の申し込みがありました。お米10キロとその他いろいろを毎月届けるというものですね。申し込み家庭のうち100世帯は母子家庭。今はもっと増えています。

やはり需要はあったんですね。

土田もちろん。これ、画期的なことなんです。教育委員会とのこうした連携は例がない。
「子ども支援プロジェクト」を始めた山梨では、行政や学校との協定を進めていますが、それは給食のない夏休み、冬休み中の食料支援だと思います。年間を通してやるのは珍しい。

ロングセラーの絵本が絵本ラックに並ぶ。親子でくつろげる休憩室。

困っている人が来なかった理由

土田その時、皆さんの話を聞いて、はじめてわかったんです。なぜ来なかったのか。
「お米を差し上げます。そのほかランドセルも買ってあげます。肉や野菜も配ります。全部タダです」。
世の中に、こんなうまい話があるはずがないそう考えるそうです、母子家庭の人たちは。

教育委員会からのお便りなら怪しくない、と。

土田それでも疑ってた。
最初に行ったときは、皆こわばってた。
それが、2回3回と行くうちに、態度が変わってきました。

こわばりがなくなってきた。

土田すごく感謝してくれました。そして何人もの人から泣かれました。今日も一人、泣かれてね。

 

(つづきます) →第2回へ

「フードバンクしばた」の前に立つ土田雅穂さん。

土田雅穂(つちだ・まさお)
1950(昭和25)年、新潟県新発田市生まれ。東京でのサラリーマン生活を経て新発田市役所に勤務。
定年退職後、地域総合型スポーツクラブ「とらい夢」に携わる。
2016年、「フードバンクしばた」を設立。趣味は釣り。
フードバンクしばた