第3回
コロナ禍で成長した産業の一つが、NetflixやAmazonプライムなどの有料動画配信です。
いつでもどこでも世界の映像作品が楽しめるこうしたサービスを、上野さんは高く評価します。
映画館にとって本当に怖いものは他にある。
いま上野さんが危惧するものは何なのでしょうか。
動画配信は映画館の敵か
また息子の話をしてしまいますが、Netflixとか観ちゃうんですよ。サブスクリプションの動画配信。ああいうの「本当の映画じゃないだろう!」と言いたくなりませんか。
上野それは思わないですね。Netflixはクオリティが高くて、映画館で上映される作品もあります。配信の収入があるので、それを元手にいい作品が作れるんです。映画館で上映できないレベルの作品は日本のドラマくらいかもしれない。むしろ「映画好きならNetflix観なくてどうする」という感じです。
—でも、「映画館で、それも高田世界館で観ようよ!」と声を大にして言いたくなりませんか。
上野いえ、そこはそんなに。
—あれ、そうですか。
上野Netflixを観る人は映画館でも観てくれるんですよ。映画の価値を知っているから。「え、あの作品が映画館で観れるの!」と来てくださる。実際にそういうお客さんはいます。だから敵対視することはない。もちろんお客さんを削られてる部分はあるだろうと思いますが、その分映画館の魅力、うちの魅力を提示すればいいことで。
文化の底が抜ける危機
上野それよりも、Netflixも観ない、文化に関心のない層に「映画っていいものだよ」と教えることのほうが生産的だと思います。Youtubeに慣れて、もう2時間もたない人がいるそうですし。
—5分くらいの映像ばかり観ているから2時間の作品が観られない。そのほうが問題だと。
上野 はい。配信でもいいから、映画を観てほしいです。Netflixを観ている人はちゃんと情報のアンテナが立っている。だから世界のドキュメンタリー映画を観るまであと1歩だと思います。テレビがつまらないからNetfllixを観ているわけで、それは素晴らしい。
むしろ、テレビやYoutubeのつまらない無料コンテンツで満足してしまっている状況のほうが不安です。文化の底が抜けちゃうんじゃないか。何らかの教育の介入が必要なのではないかと思います。
観客が育たないと、映画館が地域からなくなるのも大きな損失ですが、それより社会そのものがつまんなくなっていくんじゃないか。
受け手を育てるためには
上野 いま映画コンテンツがどんどん内向きになっていると言われます。ドラマや漫画の焼き直しが続き、コンテンツとしての鋭さがなくなっていく。それに飽き飽きした人がNetfllixに流れ、優秀な映画人はNetfllixに雇用されたりしている。「おまえの作品、面白いな。狭い日本の業界向けじゃなくて世界に向けて作らないか」と。
観客がつまらないものしか求めないと、映画産業のすぐれた人材が日本の製作現場に続々と見切りをつける可能性があります。
—観客を育てるには何が必要でしょうか。
上野授業で映画を全員に見せるとか、とにかく文化的な機会をどこかで1回与えたいですね。コロナ禍で修学旅行ができなくなったかわりに地域で体験学習をした学校が、フレンチレストランでのフルコースや、料亭での懐石料理を体験させたそうです。飲食店支援でもあるのでしょうが、それによって貧困世帯の、ふだんそういう場所にアクセスしない層に食文化体験を提供できたことになる。
—いま伺っていて、そう思ってました。
上野受け手が育たないと、たとえばエスニック料理店は選ばれなくなるかもしれない。マイルドなもの、安価なものしか求められなくなり、まちもつまらなくなっていく。映画だけでなくすべての文化に起こりうることです。映画文化の衰退は、もしかしたら貧困問題ともからんでいる可能性があります。
貧困が文化をむしばむ
政治に何をしてほしいですか。若い人や子どもたちが映画文化に親しめるように、ということかしら。
上野もちろん文化事業も支援してほしいですが、僕は昔からいろいろなフラストレーションを抱えながら生きてきた「意識高い系」でもあるので(笑)、どちらかというと貧困世帯の問題をなんとかしてもらいたいです。映画のことは自分たちで何とかできることかもしれない。だから、まずはそちらを。
—確かに。充分な食がとれなくてお腹をすかせた子に「映画を深く学んでください」とは言えない。
上野ほんとにそうです。映画館では所得にかかわらず同じ料金を払うので、ある意味すごく平等です。高所得者に「5000円です」と言えるわけじゃないし。消費税が上がるのもそうですけど、可処分所得が減れば映画に払えるお金はなくなっていく。実際にそう言って来なくなったお客さんもいます。「私、年金暮らしだから、もう来られないな」と。
—年金の人には500円にするとか……。
上野そうすると「子どもたちには?」「20代30代の貧困層には?」と。
—そうですね。また分断になってしまう。
上野本当は、働く世代にこそ映画を観てほしい。20代、30代で知見の広がった時に、映画と出会って「うわ、なんだこれは!」となる瞬間が出てくるんです。人間の幅がでてきた時にそういうアンテナを持って、文化的経験ができる社会であってほしいです。
まちの魅力を発信して、つなげて
いま高田世界館は、高田のまちにとってどういう存在ですか。
上野まずは気軽な「まちの映画館」でありたい。そして上越市高田のまちづくりにおいては、この建物の魅力が光を放っています。
かつて高田では、古いものを大事にするマインドはあまりなかったんです。2015年にNHKの「小さな旅」が高田を取材しました。映ったのは町屋、高田世界館、雪、車麩。地域の人々が町の中心だと考えているところはまったく出てこなくて、まちの人は「あれっ」と。
魅力を見出したのは外からの視点でした。メディアに取り上げられることで、古いものの魅力がまちの人にも認識されるようになってきた。高田世界館が市の観光マップに載ったのも、町屋が観光資源と言われるようになったのも、ごく最近のことです。
—そうなんですか。
上野他にも旧陸軍師団長官舎など、美しい建物がありながら、長く生かされてこなかった。高田世界館が光ることによって、「古くていいもの」が数珠つなぎになって、「高田ってレトロな魅力がある街なんだよ」と言えるようになってきました。ここをポータルとしてレトロな建物めぐりも楽しめるわけです。
—まちのアイデンティティが生まれた。
上野高田世界館がスタートしてから、近くに飲食店や民泊もぽつぽつできています。年間の集客が2万人程度のささやかな施設ですから、エリア開発とか経済効果とか言うと大げさかもしれませんが、それなりにインパクトは生んでいると思います。いまは、共通認識を持つ若い人たちが集まって来て、一緒にがんばっていこうというベースができたかな、というところです。
—となると、ますますお忙しいですね。こういう仕事って終わりがないですから。
上野あ、でも労働時間は意識して減らしています。以前は何もかも1人でやっていましたが、いまは任せられるところは人に任せて。子どもが4歳と1歳、手がかかる時期で、子育てにちゃんと時間をかけたいですから。
—なるほど。そこ大切です。
(おわります)
〔2021年12月/取材協力 「兎に角―Tonikaku」〕
インタビューを終えて■打越さく良
2020年4月、SAVE the CINEMAの皆様の厚労省・文化庁への申し入れに同行した。)。コロナ禍での映画館の苦境を伺おうと上野さんに初めて電話したのもその頃だ。ところが電話の向こうの上野さんは、開口一番、「僕たちも大変だけれども、周囲の居酒屋などが本当に大変で」とまちの心配を口にした。
今回のインタビュー場所に、高田世界館とは違う素敵な町家複合施設「兎に角―Tonikaku」をお借りしたのも、上野さんのご提案。高田に戻った当初からの願いである「まちづくり」への思いは一貫している。高田世界館だけがとんがって素敵なことを提供するのだと誇ることもない。運営の試練は尽きないながら、さまざまなイベントでまちを盛り上げている。
貧困層が文化的な機会が得られなければ、まちそのものがつまらなくなってしまうのではないか。
その危機感、政治に身を置くものとして、重く受け止めます。
上野迪音(うえの・みちなり)
1987年、新潟県上越市生まれ。高田高校から横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化専攻へ進み、梅本洋一ゼミで映画論を学ぶ。2014年、日本最古級の映画館・高田世界館の支配人に就任し、映画のセレクト、映写、もぎり、広報、掃除、イベント企画等あらゆる業務をおこなう。2児の父。高校時代はテニス部。