どこに何を配ったか記録しない。
支援を求めてくる人のことを疑わない。
大ざっぱな運営こそが活動を続ける秘訣だと言う「フードバンクしばた」の土田さんですが、
一方で補助金申請などの実務はきっちりとやり、
注意深く利用者のニーズをすくいあげています。

子ども食堂の先へ

子ども食堂はコロナでお休みしているんですよね。

土田お休みして、結局やめました。
子ども食堂は、土曜日曜、年間で百回開いていたんです。でもあそこは、本当に困っている人はなかなか来られないんです。

そうですか。

土田土曜日も日曜日も必死になって働いて、やることもいっぱいあって、という人たちは、「自分たちの行くところじゃない」と思うみたい。雰囲気も違うし、来にくいんですよ。
それで今度どうするかというと、ボランティアさんと相談して、本当に困っている家庭に毎週1回、お弁当を作って届けることにしました。

そういうニーズはどうやってすくいあげるんですか。

土田うちが届けている人たちからです。

届けるとなると、スタッフが大勢必要ですよね。

土田スタッフになりたい人は、大勢おられるんです。

いま何人ぐらいいらっしゃるんですか。

土田ボランティアが30人ぐらい、届ける人は7,8人ですね。
もっと増やすことはいくらでもできます。予備軍で「ちょっと待っててください」と言っている人は何人かいます。

自主的に動くボランティア

7、8人で何人ぐらいに届けるんですか。

土田いま230世帯。それは継続的な支援です。
1回限り、2回限りと言う人も結構います。それは社会福祉課からの依頼です。食べるものも底をついて、どうしようもなくて生活保護を申請する。しかし生活保護が出るまでに2、3週間かかるわけです。その間何も食べるものがない。だからうちが届けます。

お米のような保管のきくものだけじゃなくて、お肉とか野菜を扱ってる、というのがすごいですよね。

土田葉物の野菜はその日のうちじゃないとだめになっちゃうから、もらったらすぐ届ける。だから、でっかい冷蔵庫を買いました。
肉は冷凍食品です。私は、野菜はともかく、肉を配ろうとはまったく考えてませんでした。それが、ある方から「よかったら冷凍肉あげるよ」と言われて、冷凍庫があればフードバンクに最適だなと気づいて。それからずっとやってます。
ストック、ご覧になりますか。

はい。
(ストックの部屋へ移動して)おお、大きい冷凍庫。うわー、肉だ肉だ。
……こちらの事務所は広々した一軒家で、なごみますね。

土田無償で貸してくださる方がいて、2020年4月に越してきました。
365日開いていて、住み込みの管理人がいます。彼女を中心に約30人のボランティアがチームを組んで協力してくれています。
うちのボランティア、最高ですよ。
いま、生活用品の責任者は誰、この部屋の責任者は誰って、どんどん決めて自主的に運営しているんです。来年の新しい事業も進行中です。

大きな冷凍庫に冷凍肉がぎっしり。覗き込む打越さく良。
長い廊下にも支援の品が。事務所は、どこか懐かしい平屋の日本家屋だ。

「共感力」で、まともな社会を

土田コロナウイルスの関係で、支援が必要な人がどんどん増えています。下手すると、来年には倍になるかもしれない。

やっぱり。

土田それでも、どんなことがあっても支援を絶やしません。買って届ければいいことですから。それだけのお金を集めればいいわけでしょ。
私はこれまで本気になって集めてないんです。皆さんから来るのを待ってる。

来るんですね、待ってると。

土田来るんですよ。
それと、補助金もあります。今年(2020年)は特に、コロナの緊急支援でいろいろありましたよね。

公務員でいらしたから、そういう制度を理解して、利用できるんですね。

土田これ、大事ですね。申請はめんどくさいです。ほんとに大変だ、あれは。

この辺のパートで働いてる人で、雇い止めは増えていますか。

土田増えてますね。コロナウイルスの関係で。
母子家庭の人はほとんど皆パートで、ダブルワーク、トリプルワークが多い。それでも月20万もらえません。それで夜スナックに勤めたりしていたのが、お客さん来なくなっちゃってクビになる。
あと、学生も大変。中国の留学生たちが、1日1食しか食べてないと言ってました。いまアルバイトできないんですって。
そういうところに対して、もっと共感力を、政治家は持ってほしい。

ほんとですね。

土田超党派で取り組んでほしいです。貧困の問題に。共感力のある本気の人たちと、まともな社会にしていかないと。

どうして始めたのか

土田でね、私、さんざん聞かれた質問があるんです。
それは、どうして始めたのか。

聞きたいです。

土田喋ること、ないんです。
わからない(笑)。これ、性分。

あ、なんかわかる気がします。

土田面白い人生を送りたいの。私は。

ははは。

土田こういうことをやったら面白いんじゃないか、って。
相手の人がいて、その人が喜んでくださる。

そもそも公務員になったのも、そういう考えで?

土田いや、ぜんぜん。まったくそれはないです。
Uターンで、29歳の時に市役所に入ったんですよ。それまで東京でサラリーマンをしていたんです。
新発田に戻ってきたら、大卒でその年齢で入れるところは、ほとんどないわけです。あきらめていたところに、たまたま市役所で募集があった。で、受けたら、受かった。

そうなんですね。その前はどんなことをされてたんですか。

土田流通業界にいました。当時元気だった大手スーパーです。結構楽しかったですよ。早く出世もさせてくれましたし。

なんで戻ろうと思ったんですか。

土田なんだったかな。
私、魚釣りが大好きなんです。小さい時から釣りをしてました。
東京で結婚して、家内が妊娠した時に、「子どもにも釣りのできる生活をさせてやりたい」と思ったのが、帰ることを決めたきっかけかな。

もともとあったダイヤル式の黒電話を「風の電話」に見立て、絵本と一緒にディスプレイしている。
かわいい花の絵や小動物の置物が玄関先に飾られ、疲れた親子を温かく迎える。保育士だったスタッフの、さりげない心配り。

面白いことを探して

土田不思議なもんですね。公務員は嫌いでした。うちの親父が警察官だったんで、公務員には絶対にならないぞと思ってたのに。なんか運命の導きでこうなった。
先生だって、代議士になろうなんて思ってなかったでしょ?

そうですね。

土田先日、母校の新発田高校で講演をしたんですよ。
「あなたたちは今学校で勉強している。それは面白い人生を送るためなんだ」ということを話しました。

いいですねー。

土田「今フードバンクのために何をしてもらいたいか」と聞かれたから、「何もありません」と答えました。「勉強してください」と。
ただし、勉強以前に、物事の考え方がしっかりしていないとだめ。人を思いやることこそが大事。だからこういう活動をしている。そのことを気に留めてください、と話しました。
そしたら、25名全員がびっしり感想書いてくれた! 先生もびっくりして、その日のうちにここへ感想を届けてくれました。

おお。うれしいですね。

土田うれしいですよ。
私はね、新発田が大嫌いだったんですよ。空はどんより曇ってるし、ここには何も面白いことがないと思ってた。
だから大学進学を機に、東京に出ました。
でも、違ったんです。面白いことは、ここにこそあったんです。

(おわります)

〔2020年10月〕

インタビューを終えた土田雅穂さんと打越さく良のツーショット。
「よく新潟に来てくれたね。本気の人だね」と言われて照れる打越。

インタビューを終えて■打越さく良

世のため人のため頑張る、とかではなく、「面白い人生を送りたいの」。本当に土田さんの全身から「面白い」がみなぎっている。面白そうだから、つい「私も食材箱詰めとか手伝っていいですか」と言ってみたら、土田さん「止めてください。政治家は政治家でなければできないことをやってください」。それは何か。「児童扶養手当を上げて」。本当にそうだ。せっかく議員をやらせていただいているのだから、やるべきことをやらなきゃ。

「フードバンクしばた」の前に立つ土田雅穂さん。

土田雅穂(つちだ・まさお)
1950(昭和25)年、新潟県新発田市生まれ。東京でのサラリーマン生活を経て新発田市役所に勤務。
定年退職後、地域総合型スポーツクラブ「とらい夢」に携わる。
2016年、「フードバンクしばた」を設立。趣味は釣り。
フードバンクしばた