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ラクダの背中を折るのは最後のワラ

あぶみあさき著『北欧の幸せな社会のつくり方 10代からの政治と選挙』かもがわ出版、2020年,薮野祐三『有権者って誰?』岩波ジュニア新書、2020年

10月31日、第49回衆議院議員総選挙が行われました。
公正で、機能する政治へ転換しなくては。格差を拡大させるのではなく、解消を目指す政治をしなくては。そのことが問われた選挙のはずが、厳しい結果となりました。

SNSを開くと、「誰だれが悪い」「そっちこそ悪い」と非難も目にします。しかしその応酬に参加して消耗するのではなく、「これから何をどうしたらいいか」を考えたいです。不断の努力(憲法12条)だ、と自分に言い聞かせます。

さて、選挙中できなかった読書をしようと本に手を伸ばします。

18歳から投票できることになりましたが、若い人たちの投票率は依然として低いと指摘されています。大学の学費が高いままで、卒業してからも返済に苦しんでいる若い方。あるいはネット上で「親ガチャ」、子どもは親を選べない、親が貧しいか金持ちかで人生が決まってしまう、と嘆く子どもたち。高い学費を負担させられるのも、家庭の格差が人生の選択肢を狭めるのも、政治の責任。
そして選挙前に行われた若者向けアンケートでは、30歳未満には「ジェンダー平等(選択的夫婦別姓など)」がもっとも多いのです。気候変動対策など、中高年に比べ若い人こそ影響が重い政策への関心も一定程度あるようです。諦めたままではもったいないです。

あぶみあさきさんの『北欧の幸せな社会のつくり方 10代からの政治と選挙』によれば、北欧では、「民主主義」が日常語。私にとっても日常語ですが、なんとなく日本では「変わっている、アツい人」と思われがちでしょう。中高生ならなおさら「浮いてしまう」と口にしづらいかもしれません。ところが、北欧では、中高生も「そうじゃないと、民主的じゃないから」などと多用するそうです。

政治家と市民の距離が近く、子どものころから、たとえば、宿題で政党訪問をする。首相や大臣が自宅を突然ノックしても驚かれない。子どもや若者は意見を表明する主体として尊重され、誰もが臆せず意見を言う。各政党は一部の人だけがわかる言葉ではなく、誰もがわかる言葉で政策を示す。デザイン(さすが北欧)も大切。

批判は個人攻撃ではない。政党の青年部では、スピーチ練習だけではなく、相手が威圧的に話してきたときの切り返し方の特訓も多い(おお、受けてみたい)。

デモも日常です。グレタさんは行動する若い人のひとり。決して特別ではない。行動する子ども・若い人にまゆをひそめるのではなく、大人の自分もなるほどと加わっていく。柔軟です。

報道は中立かどうかより批判的であることに価値を置く、特に与党に鋭い論調だそうです(さすが報道の自由度ランキング上位の北欧諸国!)。政治家が発言をあからさまに変えようとすると、「この人は記事掲載後に、ここは誤解でこうだと主張した」と追記するそうです(名案ですね)。政治家についてすら「関係者は」と匿名でコメントが載るのはどうしたものかと思っていた私としては、名前を出さないことはありえないという箇所にも「ですよね!」と合点です。

とはいえ、不正確な報道がなされてはたまったものではありません。そういう時のために、第三者機関の審査制度が確立され、行き過ぎを抑制する工夫もあります。

「若い人は政治に関心がなくて」と上から目線で嘆くのではなく、ともに楽しく政治にコミットしていきたいです。

薮野祐三さんの『有権者って誰?』も、総選挙が終わる前に読んで投稿すれば良かった。いや、まだまだ民主政のための不断の努力は続くのですから、今からでもぜひ読んでいただきたいです。

落選した候補への票が多く、差が小さければ、当選者は「反対票に投じた人の立場も考えに入れないと」と気を引き締めます。「たとえ当落に影響しなくても、意味のない投票など存在しないのです」(22頁)。本当にその通りです。

学生を連れて市議会を傍聴したら、議員たちが振り向いて拍手がわいたというくだりがあります。日ごろ全然傍聴者がいないからですね。もったいない!子育てや介護などの地域の問題がどう議論されているか、政治を考える機会です。そして議員も市も、傍聴されていたほうがビシッとしまります。私も、一所懸命準備した質問が全く報道されないと残念になり、ツイッターなどで話題になると、気合いがみなぎります。傍聴もまた民主政のための不断の努力の一つです。

最後に紹介される、「ラクダの背中を折るのは最後のワラだ」ということわざが余韻があります。背中に軽いワラを積んでもラクダは倒れない。しかし積み重ねていくと、限界がきて、最後のワラでラクダは倒れる。
一票なんて、軽いひとワラ。しかし、そのひとワラがラクダを倒すのです。棄権はもったいないです。

そして、若いうちに困難を抱える人を知り、さまざまな課題、社会のひずみを知ってほしい。そのひずみを解決するのが、政治家。政治家を選ぶのが、選挙、というところにも、二重線を引きました。

格差と分断が広がる社会では、困難な人への想像力が欠如しがちになり、勢いのいいフレーズにひかれがちかもしれません。若い人だけではなく、大人になってからも、誰もが困難を抱える人たちのことを想像して、そんなことはあってはならないと解決していく社会にしたい。
北欧とは教育から何から違うから、なかなか難しい、と諦めてはいられません。2019年の参議院議員選挙で、一人立ち上がらねば!と気負って走り出したところ、地元で政治をよくしたい、社会をよくしたいと頑張っている方々と出会い、感動しました。大丈夫、つながっていけるはずです。想像し共感し、支える政治を目指し、頑張ります。