理解増進すら後退させる国会でいいわけがない
LGBT理解増進法案が昨日6月13日衆議院本会議で可決され、参議院に送付されました。案名こそ「理解増進」とありますが、一般財団法人fair代表理事松岡宗嗣さんが指摘するように、悲しいことにもはや「理解抑制」法というべきものに成り下がってしまいました。
そもそも2021年の超党派の議連でまとめた理解増進法案が2年も放置されたのは、自民党の党内手続きが終わらなかったためです。本来、理解増進に止まらず、差別解消法や同性婚の法制化こそ実現すべきです。
私たち立憲民主党は、LGBT差別解消法案、婚姻平等法案 を国会提出しています。理解増進法案ははなはだ不十分なものです。しかし、一歩でも前進させるべく、与野党一致の議員立法として国会提出するために、2年前の議連にて自民党側から示された「性的指向及び性自認を理由とする差別は許されないものであるとの認識の下」との文言の追加を含む法案の再修正案を受け入れました(2021年5月14日東京新聞)。
ところが昨日、自民、公明、日本維新の会、国民民主党の賛成多数で衆議院本会議で可決した法案では、上記の文言が「性的指向及びジェンダーアイデンティティーを理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下」に置き換わってしまいました。
「許されない」→「あってはならない」、「不当な」の追加、いずれも差別禁止へ向う方向を曖昧にする修正です。そしてジェンダーアイデンティティーという言葉は、超党派案の「性自認」と与党案の「性同一性」、どちらとも訳せますが、その曖昧さこそ問題です。医師の診断によるのではなく、当事者のアイデンティティを尊重することが重要なのに、その点をうやむやにする後退です。
自民党議員の大多数が参加する神道政治連盟国会議員懇談会で昨年6月に配布された冊子には、「同性愛は心の中の問題であり、先天的なものではなく後天的な精神の障害、又は依存症です」といった内容が記載されていたといいます(2022年7月1日朝日新聞)。超党派案だった「性自認」という言葉を退けた理由が、こうした差別や偏見と無縁とは思えません。
「自分が性を決められるなら、男性が『今日から女性になった』と言って女性トイレや公衆浴場に入るなど犯罪を招く」などという人もいました。しかし、公衆浴場は厚生労働省による衛生等管理要領で男女別となっており、ここで前提となっている性別の基準は全裸になった時の外見から判断される性別であり、自認する性別ではないのです(2023年4月6日朝日新聞 )。
性自認による差別を禁止する条例のもと混乱は起きていません。それぞれが戸籍上ないし社会通念上の性別に見合った行動をとっているからです。
公衆浴場やトイレで不審者の立ち入りは目的や態様によって犯罪行為と判断されます。盗撮はどんな性別でも犯罪であり、トランス女性だと言い張って免罪されるものではなりません。
理解増進法案は、刑法や刑事手続に影響を与える法案ではないのに、おかしな誤解が広がっているのは残念です。
「不当な」については、議連の前会長馳浩石川県知事が「差別は元々不当なものだ。それに不当と付け加えるのは、国語の表現としておかしい」と批判した通りです(5月18日共同通信)。
「全ての国民が安心して生活することができるよう留意する」という言葉と、そのための「指針を策定する」ことが追記されたことも見逃せません。
このフレーズの何が問題か、一読では分かりにくいかもしれません。しかし、ここに「多様な性のあり方を理解しましょう」という取り組みに、「理解したくない人の不安に配慮しましょう」と待ったをかける意図が伺えるのです。
実際、この間の当該法案をめぐる自民党等からの発言を聞いていると、これまでいくつかの自治体が進めてきた性の多様性を尊重する条例等の取り組みをむしろ後退させる意図がほの見えます。
学校での取り組みも阻害しかねません。LGBTQの5割弱に自殺念慮があり、14%が自殺未遂をした、しかも9割超が教職員や保護者に安心して相談できていない現状です。学校が一層「多数派の安心」に重きを置くことになっては、こうした現状をむしろ悪化させかねず、これで理解促進法とはとうてい言えません。
詳細は上述の松岡さんの論稿を参考になさってください。
ところで、4月末、自民党内の会合にて衆議院法制局が「性自認に特化した法律はG7にない」と明言したとの発信がツイッター上で拡散されました。
しかしそこで示された衆院法制局の資料にも日本以外のG7諸国で「一般的な差別禁止・平等原則を定める法律の中で、性的指向・性自認に基づく差別も禁止されている」と明記されています。
一般的な差別禁止・平等原則を定める法律を持っていない以上、特化した法律をせめて目指すべきでしょう。差別禁止なんぞG7諸国もしていないと誤解させ、本年のG7広島首脳共同コミュニケで昨年に続き「あらゆる人々が性自認、性表現、あるいは性的指向に関係なく、暴力や差別を受けることなく生き生きとした人生を享受することができる社会を実現する」と約束した意義を、なきものにしようとしているのでしょうか。
念のため、国会図書館にG7諸国のLGBT差別禁止に関する法制度を調査していただきました。「G7各国で差別禁止法があるのはカナダだけ。日本が遅れているわけでは無い。アメリカでさえ差別禁止法は成立していない」とツイートした自民党議員もいらっしゃいましたが、果たしてどうか。つぶさに確認しましょう。
アメリカでは、2020年、連邦最高裁は、性的思考や性自認を理由とする不利益取扱いが常に「性を理由とする差別」に該当するがゆえに禁止されます。
EUでは、基本憲章で性的指向に基づくいかなる差別も禁止、EU指令で雇用における性的指向による差別も禁止しています。その上、ドイツでは、一般平等待遇法で、性的アイデンティティ(同性愛者、両性愛者、性転換者、半陰陽者も保護の対象とする広い概念)に関する差別やハラスメントを禁止。フランスは、差別禁止法で性的指向又は性別、性自認に関する差別やハラスメントを禁止。イタリアでは性的指向に関する差別やハラスメントを禁止しています。
カナダでは、カナダ人権法で、性的指向、性自認又は性表現に関する差別やハラスメントが禁止されています。
本来は包括的な差別禁止法を目指すべき国会が、他の国は包括的な禁止法で対応していることをつまみぐいして、個別の差別禁止法すら目指さなくていいとするのはあまりにご都合主義でしょう。それどころか理解増進法案すら理解抑制法案に後退させてしまう。
あってはならないことです。
LGBT法連合会からも、当事者が求めてきた法案とは真逆の法案であり、当事者にさらなる生きづらさを強いるものである内容だと強く非難されています(6月13日付声明)。
6月9日に成立してしまった入管法改悪に続き、平等と個人の尊重を目指すどころか真っ向から反する法案を、成立させる国会であってはなりません。
がんばります。
(2023年6月14日)