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子どもの最善の利益を「協議」に委ねてよいか?

法制審議会「家族法制の見直しに関する要綱」について①

両親の離婚で子どもたちは

「家族法制の見直しに関する要綱」 が「離婚後の共同親権導入」だと賛否両論を呼んでいます。法制審議会が2月15日に法務大臣に答申したものです。

私は弁護士として多くの離婚事件にたずさわりました。
多くが、子どもを持つ人たちでした。父母間の葛藤や対立は子どもに大きな影響を与えます。それなのに、子どもが蚊帳の外に置かれたままの状況に胸を痛めてきました。
DVにあっていても「子どもの学費が払えない。子どもが自立するまでは我慢します」という方がいました。
別れてからも際限のない紛争に疲弊する方がいました。
可愛がっていた子どもに会えなくなり、ようやく会えた時には子どもに辛い言動をされショックを受ける方もいました。

子どもたちの顔も思い出されます。
父母間で何が起こっているのかわからず戸惑う子。
「ようやく安心できる場に来たんだから会うのは落ち着くまで待ってほしい」と言う子。
離れて暮らす親に会いたいと望んでも、その親から断られる子。
さんざん怖い思いをさせられた親に「絶対会いたくない」と言っていた子どもが、成長してから「会ってみたい」と言うこともありました。

さまざまなケースがある。そして時間の経過による変化もある。
現行法はそれに対応できず、両親の離婚を経験する子どもの最善の利益を図る制度にはなっていないことを目の当たりにしてきました。
では、どうすべきでしょうか。

チルドレンファーストより「現実的」な見直し?

2021年2月10日、上川法務大臣(当時)は、法制審議会総会でこう発言しました。

「子の最善の利益を図る観点から,①父母の離婚後の子の養育の在り方,②未成年養子縁組制度の見直し,③財産分与制度の見直し等に関する検討が必要であると考えております。私がこれまでも申し上げてきたチルドレン・ファースト,すなわち子どもを第一に考える視点で,幅広く,また,実態に即した御検討をお願いするものでございます」

はたして要綱はチルドレン・ファーストになっているでしょうか。
子どもの最善の利益を図るには、大きな変革が必要になるはず。
ところが、財源や人的体制の不足など、ぜい弱な現状に遠慮して「現実的」な見直しにとどめてしまったのではないのかと思えてなりません。

 37回に及ぶ法制審議会家族法制部会で長時間の議論を重ねた審議会の皆様には、心から敬意を表します。膨大な資料を読みこみ、逐一準備し議論に臨んだ委員や幹事、事務局の皆様のご苦労いかばかりかと思います。家族法制部会の以前から、家族法研究会でも議論があったことも承知しています。同研究会からご苦労されてきた皆様にも敬意を表します。
そのうえで、要綱についての懸念を述べます。これから私が取り上げるのは、委員や幹事、事務局の皆様にとっては検討済みの論点かもしれません。そうであれば、ぜひご教示いただきたいと思います。

DVで協議できなくても「協議離婚」

第一の問題は、協議離婚(裁判所が関与しない離婚)の制度を見直さなかったことです。
 
「協議」離婚というと「対等な当事者が話し合えるならわざわざ公権力が介入することもないのでは」と思われるかもしれません。
しかし、「協議」という語感と現実はだいぶ異なります。

たとえば「ひどいDVがある当事者間で協議はあり得ない」と思うかもしれませんが「相手が恐ろしくて話し合いには臨めない。離婚さえ応じてくれればそれでいい」とDV被害者が離婚届を加害者に人づてに送り、サインして戻してもらって安堵する、というケースが少なくないのです。
法制審議会家族法制部会で提出された資料でも、DVを理由として協議離婚した人が相当数いたことが示されています。
だからこそ、養育費や面会交流についての合意率が半数を超えないのだろうと考えます。

養育費・面会交流の取り決めをしない理由

養育費の取り決めは上昇しているとはいえ、母子世帯で46.7%、父子世帯で28.3%にとどまります。
協議離婚の場合、取り決めをしている割合はさらに低くなっています(令和3年度全国ひとり親世帯等調査)。
養育費の取り決めをしていない理由は、母子世帯では「相手と関わりたくない」が最も多く、34.5%でした。
また、面会交流の取り決めは、母子世帯で30.3%、父子世帯31.4%で、やはり協議離婚はさらに低い割合です。
取り決めをしたくない理由で最も多いのは、母子世帯で「相手と関わりたくない」(26.4%)。父子世帯では「取り決めをしなくても交流できる」(30.3%)、その次は「相手と関わりたくない」(17.5%)です。

「相手と関わりたくない」とまで思うに至ったのには、さまざまな要因があるでしょう。
中にはDVや虐待などで生活が脅かされるのが不安で、離れられたらそれで十分という気持ちでいる方もいるでしょう。
「それは親側の事情で、子どもの最善の利益を考慮していないのでは」という指摘もあり得ます。

しかし、子と同居する親が非同居親と「関わりたくない」というのは、自分の恐怖心だけが理由ではありません。
同伴する子どもに深刻な影響を与えたくないから、という人が多いのです。

裁判所のチェックが不要な離婚制度は世界でも少ない

今の協議離婚制度では、子どもの最善の利益どころか、当事者間の意思すら定かではありません。
一方から勝手に提出された離婚届が受理されてしまい、離婚無効確認調停〜訴訟と何年も争うことになった案件がありました。その間「単独親権者」となった相手方に対し子の引渡し請求をしようとしても、親権がないため退けられ、面会交流も難航しました。

協議離婚制度は、じつは世界でも珍しいものです。
法制審議会の「父母の離婚後の子の養育に関する海外法制について」 では、裁判所が関与しない協議離婚を認める国は中国などごく少数であることが把握されました。
多くの国では当事者たちに紛争解決を委ねず、公的にバックアップしているのです。

日本法の協議離婚制度の存立基盤は戦前の家制度にあったことを、家族法制部会の委員でもあった水野紀子教授が指摘しておられます。
明治民法の起草者たちは、西欧法のように離婚を全て裁判離婚にすると手間がかかりすぎるから、戸籍の記載を単位とする「家」の自治に委ねるとしました。
極端に私的自治を重視する、独自の家族法。
それを代表する制度が、協議離婚制度です。

「家」まかせの制度が弱者を放置する

家制度を廃止した戦後の民法は、個人の尊厳と両性の本質的平等(憲法24条2項)のもとに離婚等を規律するはずでした。
しかし、家族内は決して平等ではなく、非対称な力関係が続いています。
OECDの調査(2021年)によると、日本の女性の賃金は男性を100とすると77.9。男女差は22.1ポイントも開いており、OECD平均(11.9ポイント差)の2倍です。
この賃金格差は、経済的心理的に、妻が夫に依存せざるを得ない状況を生み出します。母子家庭の貧困は、離脱した場合の厳しさを示します。

実際には対等でなく、強者と弱者がいる。しかしそれに目をつぶり、形式的に対等として協議に放り出す。非対称な力関係の中に弱者を放置しているのです。

家族法制部会の第一回議事録 では水野紀子教授から、公的機関が全く関与しない協議離婚を問題としながら「協議離婚制度を転換することは現実的ではない」と当初から諦めが表明されています。
確かに今の家庭裁判所の脆弱な体制からすると、協議離婚制度の転換は大変です。それでも法制審議会には「現実」に譲歩せず、子どもの最善の利益を図るべくあるべき姿を模索していただきたかったです。

最初の取り決めが適切でなければ紛争は続きかねない

法制審議会答申後の日本弁護士連合会の会長声明には、「離婚する父母に対し、離婚後の親権選択に関する適切かつ正確な情報及び円満な協議や履行を支える法的・経済的・心理的支援の提供体制が、関係各省庁連携の上で整備される必要がある」とあります。
つまり、現状はそのような提供体制の整備がなされていない、というわけです。
それで、協議離婚に委ねていていいのでしょうか。

弁護士の知人から「協議離婚からの転換が必要だと思うが、そう主張したら『弁護士の食い扶持のため』と思われるのでは」とも聞きました。
しかし最初にきちんと取り決めができなければ際限のない紛争が続きかねず、結局弁護士の出番が増えてしまいます。
また、各国でも紛争性が高くない事案は簡易なチェックに委ねるなどしており、必ずしも代理人が必要なものばかりではないでしょう。

必要なのは上から目線のお説教ではない

要項の「親子関係に関する基本的な規律」に「父母は(略)その子の利益のため、互いに人格を尊重し協力しなければならない」とあるのも、気になります。
DVやモラハラをしないように、という意味合いかもしれません。
しかし、むしろDVやモラハラを指摘された加害者が「人格を否定するな。協力せよ。言う通りにしないなら自分の人格を尊重したことにならんぞ」と迫ってはこないかと心配です。
DV被害者の相談を受けてきた私には、そのさまが想像できます。

そもそも人格を尊重し協力することができるなら離婚に至らないという反応も多数ありますが、もっともです。
国がやるべきは、上から目線で「人格を尊重し協力しなければならない」と説くことではなく、それぞれ事情のある当事者間の調整をバックアップし、その取り決めが子の最善の利益にかなうよう支援することのはずです。

子どもたちの安全のために法的支援を

法制審議会家族法制部会は要綱案に附帯決議をつけました。
そこでは、各委員の切なる願いが凝縮されています。
その2には、「ドメスティック・バイオレンス (DV)及び児童虐待を防ぎ、子の安全及び安心を確保するとともに、父母の 別居や離婚に伴って子が不利益を受けることがないようにするためにも、法的支援を含め、行政や福祉等の各分野における各種支援についての充実した 取組が行われる必要がある」とあります。
法的支援のみで解決するものではなく、その後の息長い支援も必要ですから、これは貴重な提言ではあります。
しかし、子どもの安心安全を大事にするのであれば、そもそも離婚時の法的支援に欠ける協議離婚をそのままにするわけにはいかないはずです。

くりかえしになりますが、苦心して議論された委員や事務局の皆さんには敬意を表します。
しかし、子どもの最善の利益を図るならば、協議離婚制度を維持するのは納得できません。
家族法制の見直しについては他にも多数課題があり、引き続き述べていきたいです。

この答申を受け、法務省は3月8日、国会に民放改正案を提出したと報じられていますが、現時点で私は入手していないので、以上は法制審議会がほ答申した要綱について述べました。
なお、多くの人、特に女性たちが長年望む選択的夫婦別姓について法制審議会が答申したのは1996年2月ですが、いまだ閣法として提出されていません。
片や答申後3週間で法案提出、片や30年近くスルー。
後者の先送りについて政府は「国民各層の意見」を挙げますが、それなら前者も同様でしょう。不思議です。

(2024年3月)